日本に禅を伝えた蘭渓道隆の作庭と伝わる東光寺庭園

山梨県甲府市にある東光寺。平安時代に建立。その後荒廃し、密教寺院でしたが鎌倉時代に山梨に配流されていた渡来僧の蘭渓道隆らんけいどうりゅうが禅宗寺院として再興しました。

◆庭園レポート
日本に禅を伝えた蘭渓道隆の作庭と推測されているお庭です。広くて大きめの池泉鑑賞式庭園で、昭和61年に復元されました。山麓の傾斜を利用した上下二段構成の石組がみどころ。
廊下を抜けるとパッと開けて視界いっぱいにみどりが飛び込んできます。この閉鎖的なところから広大な景色が飛び込んでくるのは、庭園鑑賞の醍醐味ですね。この瞬間の胸の高鳴りが大好きです…!だから座視鑑賞庭園が特に好きっていうのもあるかもしれません。


大きな3つの枯滝組と龍門爆!
池泉に浮かべた舟石と無数の石で構成された枯淡の美しさが際立つ庭園です。とにかく渋い…。渋みがすごくてかっこいいお庭です。人も少ないのでじっくり、ゆっくり心ゆくまで鑑賞を楽しめます。



◆拝観
年中無休  8:30~17:00

◆所要時間
20分ほど

◆アクセス
山梨県甲府市東光寺三丁目7-37 ⇒地図
JR善光寺駅から徒歩で15分


◆歴史のこばなし
蘭渓道隆についてはこちらにも書いていますが、蘭渓道隆らんけいどうりゅうは鎌倉時代に禅を伝えた渡来僧です。北条時宗が建立した建長寺に招かれ、日本ではじめて「禅寺」と称し中国宋朝風の臨済禅だけを修行する専門道場として開きました。


↑蘭渓道隆(画像はWikipediaより) 名前からなんとなくマッチョなお姿をイメージしていましたが細面のやさしい感じ。

建長寺で鎌倉の武士たちに禅の教えを説き、武士の精神風土に禅の厳格な修行がマッチしていたこともあり武士の間に禅がどんどん浸透します。蘭渓道隆は13年間にわたり建長寺の住持を努めます。その後、京都の建仁寺に移り建長寺と同じく禅の道場として開きます。

京都でも盛況になった蘭渓道隆の禅寺。しかしあまりにも人気が出すぎたため、真言宗(高野山)や天台宗(比叡山)の密教系寺院などから反感を買い、根も葉もないうわさを流されます。その内容は「蘭渓道隆は京都で公家や天皇に近づき、政権が幕府から天皇が主導となるように仕向けている」とか「元(中国)のスパイである」とか。
※真言宗・天台宗の平安仏教と鎌倉仏教のあれこれはこちらにかいているのでご興味のある方はどうぞ

事実ではなくともそんな噂がでること自体が大問題。そんな危ない人物を政治の中枢に近い場所に置いておけない、と鎌倉幕府は蘭渓道隆を追放することに。庭園紹介文の冒頭でも「山梨に配流されていた」と記載した通り、山梨に追放されました。

蘭渓道隆は追放されてもなんのその。禅の教えを着々と広めていきます。山梨で蘭渓道隆を迎え入れた道俗という僧も「生き仏が山梨にくるぞー」と喜んだとか。鎌倉と京都でしか布教していなかった蘭渓道隆も地方で一般の人々へも教義を広められることを歓迎していたようです。

山梨にいること3年、疑惑が晴れて許されて鎌倉に帰っています。が、その後またあらぬ噂を立てられて甲府に流される…。でも多分、大して気にしてなかったでしょうね。そんな並大抵ではない器のでかさ、凄みを感じさせてくれる蘭渓道隆のお庭、東光寺でぜひ堪能してください。