青々とした別世界の苔の庭 平家物語ゆかりの祇王寺

平清盛の寵愛を受けた白拍子(しらびょうし※平安時代末期から鎌倉時代にかけて活躍した歌いながら舞う演者のこと)の祇王が、清盛が他の白拍子の仏御前に心変わりしたことにより都を追われるように去り、母と妹とともに出家・入寺した悲恋の尼寺として知られています。

仏御前という白拍子が清盛の前で舞を披露したいと願いでた時「祇王がいるから必要なし」とその願いを一蹴した清盛を祇王自身がとりなし、仏御前は舞うことに。清盛はそのまま仏御前の魅力に骨抜きにされ、あっさりと祇王を捨てました。さらには「仏御前が退屈そうにしてるから舞ってみてよ」と祇王に命令した清盛。新しい愛人が退屈してるっぽいから捨てた愛人に踊れって…。鬼かよ…。

◆庭園レポート
祇王寺には一面が苔の庭園があり、それはそれは美しいです。
訪れたのは夏だったのであらゆる緑が光に乱反射し、青々としたまさに別世界のような格別な美しさです。360度、碧の世界。
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小さめの庭園なのですが高さのある樹木のおかげか、とてものびやかさを感じます。風が吹くと葉擦れが耳をくすぐり心地よかったです。
本当に見えるものすべてが青々としていて指先から足の先まで緑に浸されて染まりそうな、そんな味わいのお庭です。
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この、胸が高鳴る祇王寺の門のすばらしさ。茅葺にかなりいい感じに苔むしていて、なんともいえない佇まい。この門に会いに行ってください!
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◆拝観
元日休み 9:00~17:00

◆拝観料
300円

◆所要時間
15分ほど

◆アクセス
京都市右京区嵯峨鳥居本小坂町32 地図
JR嵯峨野線 嵯峨嵐山駅より徒歩20分


◆歴史のこばなし
平清盛はその後何百年と続く武家政権の礎をつくった偉大な人です。
平清盛が頭角を現すのは後白河天皇と崇徳上皇の対立の時に後白河天皇に味方し、後白河天皇とつながりを強くしていきます。あの三十三間堂(蓮華王院)は清盛が後白河天皇のために建てたものです。

「驕る平家は久しからず」ということわざもあるように平安末期、平家は政治の実権を握っていきます。
「平家にあらずんば人にあらず」という言葉は平清盛の兄だか弟が言った言葉だそうですが、この一言だけでも平家のイケイケぶりを感じることができますね。

引退して法皇となり院政をしいていた後白河法皇とも関係は良好でしたが、平家の勢力が強くなりすぎたことに危機感を覚えた後白河法皇は平家の領地を没収するなど暴挙にでます。
そうなると清盛も黙っているはずはなく、クーデターを起こし後白河法皇を幽閉。
後白河法皇の孫である安徳天皇を天皇にしますが、実質の支配者は清盛をはじめとする平家の面々でした。

そんな傀儡政治を見過ごせなかった後白河法皇の皇子、以仁王(もちひとおう)が平家討伐のために挙兵。すぐに鎮圧はされたのですがこれが余波となり平家討伐のムードが国内に高まります。
関東に追いやられていた源頼朝を中心に平家討伐がはじまり、ついに平家は壇ノ浦の戦いで滅ぼされます。

平清盛は悪役として描かれることが多いです。平家に不満をいう者を取り締まるために少年スパイ集団「六波羅禿髪団(ろくはらかむろだん)」を結成させ市中に放ち、平家の不満を言っただけであっても捕縛させるなどかなり傲慢なふるまいをしたり、
福原京遷都や大輪田泊を開港し日宋貿易で国際交流を開始するなど、あまりに急激な変革を行ったことを独裁的だとみなされたことも原因かと思います。

ただ、数々の偉業を考えるとやはりとっても偉大な人物ですよね。