それぞれ違う趣きの4つのお庭に五感が刺激される妙顕寺

妙顕寺は日蓮宗の大本山の寺院で鎌倉時代後期に日像菩薩により建立されました。


◆庭園レポート
妙顕寺には意趣が異なるお庭がいくつかあります。まずは「四海唱導の庭」。紅葉がまだ残ってるのと、落葉した葉が苔の築山に落ちて二層のグラデーション、晩秋ならではの風景ですね(訪れたのは12月の頭)。



五角形の珍しい形の「竹の坪庭」。ちょうどライトアップ期間中だったようで、ライトアップ用のオブジェのようなものがころがっていて可愛らしかったです。

尾形光琳の掛け軸をモチーフにした「光琳曲水の庭」は松が本当に見事です。この赤松を中心に川の流れる様子を曲水として表現されています。この赤松の樹齢は400年!ご立派。

円窓から眺めた「光琳曲水の庭」。風にそよぐ紅葉と松のと対比するように不動で静寂を守る石たち。絵画的で目が覚めるような美しい構図。

「五色椿と松の庭」のお庭もとても素敵。きゅっと小ぶりな作りながらも植栽の高弟さと石で作られた川の遠近感でとても空間の広がりを感じて心地よさを覚えるお庭でした。中央に水琴窟があり、かすかに響く音が心地よかったです。



◆拝観
10:00~16:00

◆拝観料
500円(通常)特別拝観中は変更有

◆所要時間
50分ほど

◆アクセス
京都市上京区妙顕寺前町514  ⇒地図
市営地下鉄 烏丸線「鞍馬口駅」より徒歩約10分


◆歴史のこばなし
妙顕寺を建立した日像菩薩も迫害や追放を受けたり苦難を強いられながら布教を続け、後醍醐天皇ごだいごてんのう勅命ちょくめいを賜り妙顕寺の建立にいたりました。

日蓮宗は法華宗の宗祖・日蓮の流れを汲む宗派です(日蓮の六人の高弟により枝分かれ)。日蓮が興した法華宗は鎌倉仏教のひとつで、浄土宗、浄土真宗、臨済宗と時を同じくして誕生しました(⇒鎌倉仏教の詳細についてはこちらに記載しています。

時を同じくして、と書きましたがそれぞれが宗派を興した順番は…(布教を開始した年や印可を受けた年を基準にしました)

1175年 浄土宗(法然)
1191年 臨済宗(栄西【日本での開祖】)
1227年 曹洞宗(道元【日本での開祖】)
1247年 浄土真宗(親鸞)
1274年 時宗(一遍)
1334年 法華宗(日蓮)

こう見ると法華宗だけ、わりと後に興っているんですね。

妙顕寺を建立した日像菩薩も苦難を強いられましたが、始祖である日蓮もなかなかの苦難を強いられました。日蓮は、仏教の在り方について「教えは念仏、禅、真言と様々に分かれている。どれが本当なんだ」と疑問に思いながら修行を重ね「法華経だけが真実なのだ」と思い至ります。

日蓮上人 たしかに力強さを感じさせるお顔つきです!



他の宗派の教義はすべて偽物、まやかしであるとして他の宗派をディスりまくったり、喧嘩をふっかけたりする激しい人でもありました。
すごいなと思うのが念仏系の寺の場所を説法のために借りておいて「いいですか、念仏なんか唱えていても浄土には行けませんよ。なんなら地獄に落ちます。」(言い方が完全に細木数子さんのアレと同じ)と言い放ち、どこのお寺も出入り禁止になります。そりゃそうですよ…。

それでやむなく、辻説法(往来の道)で禅や念仏系の宗派をディスりながらも、法華経の素晴らしさについて叫び続けていると信者もぽつぽつと増えていきます。
しかしあまりにず~っと他宗への罵詈雑言、誹謗中傷がひどいので見るに見かねた幕府から伊豆に島流しされます。この罪名が「悪口の咎」っていうんだから、どんだけ…。

しかし日蓮はへこたれることなく何なら自分が迫害されるのは真実を追求しているからだ、と。法華経を勧めるものは苦難に遭う書いてある、だから自身が苦難を受けているのは真実を追求するものとして当然。むしろ苦難なく求道するものはニセモノ、という価値観です。

島流しといえば、佐渡島か隠岐の島。佐渡島、行ってみたいです!

島流しの罪が許されて京都に戻ってからも相も変わらず他宗に喧嘩ばっかりふっかけるので、また佐渡に島流しされます。現代でいうところの炎上商法に近いのでしょうか?いや、日蓮は炎上で注目されたりおいしい思いすることなんて想定していない、たぶん本気で法華経以外はまやかしだと思っていたのでしょう。激しすぎる…。ただ、そんな日蓮の激しすぎる逸話が大好きです!