日本庭園史年表

平安時代(794年~1185年)
貴族の間で庭づくりがブームに。浄土式庭園がつくられる
日本最古の作庭指南書「作庭記」(橘俊綱・著)が書かれたのも平安時代。
作庭記の正確な時期は不明だが1050年以降に完成されたとするのが通説。
1053年 平等院鳳凰堂 完成
1100年以降 毛越寺庭園 完成
(毛越寺は850年に創建されたが庭園は作庭記に基づいて
作庭されているため11世紀後半以降と思われる)
鎌倉時代(1185年~1333年)
1185年 武家政権・鎌倉幕府成立
1200年頃 禅宗が伝来。鎌倉幕府が禅宗を庇護し、鎌倉に禅寺が多く創建。
1202年 建仁寺 創建
1253年 蘭渓道隆が渡来。庭園に「龍門瀑」の滝の様式をもたらす。
建長寺 創建
1275年 石立僧(庭づくりをする僧)として活躍した夢窓疎石が誕生。
鎌倉後期~室町初期に活躍した夢窓疎石が
庭園史に与えた功績は大きい。
1291年 南禅寺 創建
1325年 大徳寺 創建
1327年 瑞泉寺創建。作庭は夢窓疎石。
室町時代(1336年~1573年)
1336年 室町幕府(足利幕府)成立
室町幕府も引き続き禅宗を庇護。
京都にも禅寺が多く創建され、枯山水庭園が誕生。
1339年 西芳寺を夢窓疎石が再興。庭園は夢窓疎石が作庭。
1345年 天龍寺創建。作庭は夢窓疎石。
1382年 相国寺 創建。
1397年 足利義満が北山殿(鹿苑寺・金閣寺)を創建。
1490年 足利義政が東山殿(慈照寺・銀閣寺)を創建。
足利義政を中心とした東山文化は能、茶道、華道、庭園、
建築、連歌など多様な芸術の発展の基盤となった。
1509年 大徳寺・大仙院創建。作庭は古嶽宗亘によるものとされる。
安土桃山時代(1573年~1603年)
1573年 織田信長が政権を確立。
織田信長が採用した「茶の湯ご政道」により茶道を武家儀礼として
扱うようになった。これにより武将茶人たち
(古田織部・小堀遠州・上田宗箇・金森宗和など)が現れ、
特に小堀遠州は作庭家として名をはせる。
1575年 千利休が織田信長に茶堂の一人として召し抱えられる
1582年 千利休が豊臣秀吉の命により茶室「待庵」を完成させる
1584年 大阪城山里丸に千利休が茶室を作成。
この時に茶庭としての露地が生まれる。
1598年 醍醐寺三宝院庭園が完成。
1603年頃 徳島城表御殿庭園が完成。作庭は上田宗箇。
江戸時代(1603年~1868年)
1605年 金地院を以心崇伝が再興。作庭は小堀遠州。
1603年 二条城が完成。二の丸庭園は小堀遠州が作庭。
江戸時代に入ると広大な敷地に枯山水庭園や茶室や茶庭、
様々な趣向を取り入れた「大名庭園」が日本各地に造営される。
1610年頃 和歌山粉河寺庭園が完成。作庭は上田宗箇。
1620年 縮景園が完成。作庭は上田宗箇。
1627年 仙洞御所が完成。作庭は小堀遠州。
1676年 兼六園が完成。
1700年 後楽園が完成。
1842年 偕楽園が完成。
明治・大正時代(1868年~1926年)
明治の文明開化は屋敷だけでなく庭にも西洋の風がもたらされた。
今までの日本庭園の形式とは違う庭園がつくられるようになる。
1880年 清澄庭園が完成。
1895年 平安神宮神苑が完成。作庭は七代目小川治兵衛。
1900年頃 無鄰菴が完成。作庭は七代目小川治兵衛。
東山を借景とし明るい芝生に琵琶湖疏水を
引き込み浅い流れを配した池泉廻遊式庭園で、
近代的日本庭園のさきがけの庭園。
1910年 清風荘が完成。作庭は七代目小川治兵衛。
昭和時代(1926年~1989年)
昭和30年代以降につくられた小住宅に遊具や花壇を配した小さな庭が
設けられるようになり、庭園は金持ちの邸宅のみに存在するのではなく、
一般家庭の生活にも寄与する「現代の一般住宅における庭」に近しくなる。
そんな中、庭園史家であり作庭家の重森三玲は強烈な個性の庭を様々生み出した。
また、昭和の小堀遠州とたたえられた中根金作も活躍。
1939年 東福寺庭園が完成。作庭は重森三玲。
1953年 岸和田城八陣の庭が完成。作庭は重森三玲。
1966年 退蔵院余香苑が完成。作庭は中根金作。
1970年 足立美術館の庭園が完成。作庭は中根金作。
1975年 松尾大社の庭が完成。作庭は重森三玲。